「デザイン思考」は、ユーザーの視点から問題解決に取り組む新たな思考法です。スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所が提唱したこのアプローチは、ビジネスの現場から製品開発まで、多様な領域で活用されています。
Contents
デザイン思考の定義
デザイン思考は、デザインの制作プロセスを用いて、ユーザーの課題を定義し、解決策を見つけ出す方法論です。デザイン思考の主要な特徴は、”人間中心設計”、”共創”、”非線形プロセス”の3つとされています。
人間中心設計
デザイン思考の最も大きな特徴は「人間中心設計」です。商品やサービスを利用するユーザーの立場に立ち、ユーザーの視点から問題を整理し、解決策を見つけ出します。このアプローチにより、ユーザーの真のニーズを捉え、よりユーザーにとって価値のある解決策を提供することが可能となります。
共創
次に、「共創」もデザイン思考の重要な特徴の一つです。デザイン思考においては、さまざまな立場の人々との対話を通じて新しいアイデアや価値を共同で創り出すことが重視されます。
非線形プロセス
最後に、「非線形プロセス」もデザイン思考の特徴の一つです。デザイン思考のプロセスは一方通行ではなく、試行錯誤を繰り返しながら問題解決に取り組むことを重視します。
デザイン思考の起源とその進化
「デザイン思考」という言葉が初めて用いられたのは1987年のことで、ピーター・ロウが書いた『デザインの思考過程』で紹介されました。その後、2005年に「IDEO」の創業者であるデイビッド・ケリーがスタンフォード大学にd.school(ハッソ・プラットナー・デザイン研究所)を設立。これにより、デザイン思考が世界的に認知されるようになりました。
デザイン経営との関連性
さらに、「デザイン経営」という概念とも密接に関連しています。「デザイン経営」とは、デザインの力を活用してブランドの構築やイノベーションの創出に活かす経営手法のことを指します。デザイン思考は主に商品やサービスの開発に活用されるメソッドですが、デザイン経営は企業全体の経営プロセスに関わります。
デザイン思考と他の思考法との比較
デザイン思考は、他の思考法と比較してもその特異性が際立ちます。次の表では、デザイン思考と他の思考法との比較を示しています。
起点 | ロジカルシンキング | クリティカルシンキング | アート思考 | デザイン思考 |
---|---|---|---|---|
特徴 | 課題や事象 | 課題や事象 | 自由な発想 | ユーザーのニーズ |
方法 | 情報を整理し、物事の論旨を明確にする | 客観的に課題を分析し、効果を検証する | 自由な発想でやオリジナリティーのあるアイデアを生み出す | ユーザーに共感しながら解決策を見いだす |
ロジカルシンキング(論理的思考)との違い
ロジカルシンキング(論理的思考)は情報を整理し、物事の論旨を明確にする思考法です。デザイン思考とは、問題解決のプロセスが根本的に異なります。ロジカルシンキングは「課題や事象」を基に「論理的に」課題解決へ向かっていくのに対し、デザイン思考は「ユーザーのニーズ」を基に「クリエイティブな発想」で解決策を見出します。
クリティカルシンキング(批判的思考)との違い
クリティカルシンキング(批判的思考)は、「本当に正しいのか」と疑問を持ちながら効果を検証していこうとする考え方です。論理的・構造的に考えを深めるという点では、ロジカルシンキングにも共通しています。クリティカルシンキングは「客観的」に課題や解決方法を分析していく思考法であるため、「ユーザーに共感する」「潜在的なニーズを探る」という特徴のあるデザイン思考とは、アプローチの方法が異なると言えるでしょう。
アート思考との違い
アート思考はデザイン思考と同様、アイデアを創出するための思考法の1つです。しかし、デザイン思考とは、起点や活用シーンが異なります。デザイン思考は「ユーザーニーズ」を起点に、既にある商品やサービスを進化させる場合に有効です。一方、アート思考は「事業担当者や企業の自由な発想」を起点に、独創性やオリジナリティーのあるアイデアを生み出す場面で活用されることが多いでしょう。
デザイン思考が注目される背景とその必要性
ビジネスシーンにおいてデザイン思考が重要視されるようになった背景には、市場環境の大きな変化があります。その背景とデザイン思考の必要性について詳しく解説します。
デザイン思考が注目される背景
「VUCAの時代」と呼ばれる現代において、旧来のビジネス手法では成果を出すことが難しい状況が生まれています。このような変化の激しい市場において、新たな価値を創出するためには、ユーザーの隠れたニーズを深く理解することが必要となり、そのためにデザイン思考が注目されています。また、経済産業省や特許庁などの公的機関によるデザイン思考の推奨も、その注目を高めています。
デザイン思考の必要性
従来のビジネス手法では、仮説を設定してから商品の開発や販売を行い、その後で効果を検証するという「仮説検証型」のアプローチが一般的でした。しかし、急速に変化する現代のビジネス環境では、このようなアプローチでは迅速な対応が難しくなっています。そこで、新たなニーズを見つけ出すための思考法としてデザイン思考が必要とされています。
デザイン思考のプロセス
デザイン思考のプロセスは、スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所が提唱した5つのステップからなります。「共感」「定義」「概念化」「試作」「テスト」の5つのステップを経て、ユーザーのニーズに寄り添った解決策を生み出します。
共感(Empathize)
「共感」のステップでは、ユーザーの視点や感情を理解することが求められます。インタビューやアンケートを通じてユーザーの意見を収集し、その意見を深く理解し、共感します。
定義(Define)
「定義」のステップでは、共感によって得られた情報を基に、具体的な課題や問題を定義します。ユーザーのニーズを言語化し、解決すべき課題を具体化します。
概念化(Ideate)
「概念化」のステップでは、定義した課題を解決するためのアイデアを生み出します。ブレインストーミングなどの手法を用いて、可能な限り多くのアイデアを出し合うことが重視されます。
試作(Prototype)
「試作」のステップでは、思いついたアイデアを具体的な形にするためのプロトタイプを作成します。このステップでは、アイデアを具体化することが重視されます。
テスト(Test)
最後の「テスト」のステップでは、作成したプロトタイプを実際のユーザーに試してもらい、その反応を観察します。テストの結果をもとに、問題点を特定し、改善策を考えます。
デザイン思考のメリットとデメリット
デザイン思考には、いくつかのメリットとデメリットがあります。以下にそれぞれを説明します。
メリット
- アイデア提案の習慣化:デザイン思考では、「とりあえず」アイデアを提案してみることが奨励されています。そのため、アイデアの提案が習慣化しやすいです。
- イノベーションの創出:デザイン思考は、従来の市場中心型のアプローチではなく、ユーザー中心のアプローチを取ります。そのため、新しいアイデアが生まれやすく、イノベーションの創出が期待できます。
- 多様な意見の受容:デザイン思考では、多様な意見を受け入れることが重視されます。それぞれの意見に対してオープンであることで、新たな視点や発見が得られます。
- チーム力の強化:デザイン思考では、チームのメンバー間でのコミュニケーションが重視されます。このことにより、チームの結束力が強化されます。
デメリット
- ゼロベースでの創出には不向き:デザイン思考は、ユーザーの声から新しいアイデアを導き出すため、ゼロベースから何か新しいものを生み出すのには向いていません。
- プロセスよりも結果を重視しすぎる傾向:デザイン思考に固執すると、プロセスよりも結果に重きを置きすぎる傾向があります。これは、アウトプットがありきたりになる可能性があるというデメリットを持っています。
デザイン思考と相性の良いフレームワーク
デザイン思考を実践する際には、いくつかのフレームワークが活用できます。以下に、デザイン思考と相性の良いフレームワークを紹介します。
- 共感マップ:共感マップは、ユーザーの思考や価値観を把握するためのフレームワークです。ユーザーの本質をより理解しやすくなるように、以下の視点に基づいて考えます。
- 見ているもの
- 聞いていること
- 考え、感じていること
- 発言や行動
- 痛みやストレス
- 望んでいること
- SWOT分析と事業環境マップ:SWOT分析と事業環境マップは、それぞれ以下のカテゴリーによって、ビジネスモデルを詳細に検証するフレームワークです。
- SWOT分析:
- 優位点(Strength)
- 課題(Weakness)
- 機会(Opportunity)
- 外的脅威(Threat)
- 事業環境マップ:
- 市場
- 業界
- トレンド
- マクロ分析
- SWOT分析:
- ビジネスモデルキャンバス:ビジネスモデルキャンバスは、以下の9要素に関してポイントを整理し、ビジネスモデルを分析するフレームワークです。
- 顧客セグメント
- 顧客との関係
- チャネル
- 提供価値
- キーアクティビティ
- キーリソース
- キーパートナー
- コスト構造
- 収益の流れ
これらのフレームワークを活用することで、デザイン思考のプロセスをより効果的に進めることが可能になります。
デザイン思考の具体的な活用例
デザイン思考は、実際の企業での製品開発に活用されています。以下に、具体的な活用例を紹介します。
Appleが開発した「iPod」は、世界的な大ヒット商品です。その開発においてもデザイン思考が活用されていました。
- 共感:まずは、競合製品を分析し、ユーザーが音楽をどのように聴いているのかを調査した。その結果から、ユーザーがCDからPC、PCからプレイヤーへと音楽データを移行することに不便さを感じていること、また音楽を「いつでもどこでも聴きたい」というニーズがあることを見つけ出した。
- 定義:共感のステップで得られたニーズから、「すべての音楽をポケットに入れて持ち運ぶ」、「音楽の聴き方にイノベーションをもたらす」といったコンセプトを策定した。
- 概念化:コンセプトを具体化するため、円盤型のマウスによる画面操作、iPodとPCのデータの自動同期など、これまでにない画期的なアイデアを生み出した。
- 試作:アイデアを具体化したプロトタイプを作成し、その中からベストなものを選び出した。
- テスト:試作品に対するユーザーテストを行い、そのフィードバックを元に製品をブラッシュアップした。
このように、デザイン思考のプロセスを経て開発された「iPod」は、ユーザーのニーズに応える商品となり、大きな成功を収めました。
まとめ
デザイン思考は、ユーザーの視点から問題解決に取り組む新たな思考法です。ユーザーのニーズに寄り添い、革新的な解決策を生み出すことが可能です。しかし、デザイン思考にもデメリットがあることを理解し、適切な状況で活用することが重要です。また、デザイン思考と相性の良いフレームワークを活用することで、より効果的にプロセスを進めることができます。デザイン思考は、新たな価値を創出し、ビジネスの競争力を高めるための重要な思考法と言えるでしょう。